斬魔士
リー・シャオロンの周囲に、嵐が巻き起こった。
すべての風が彼女に向かって流れていき、サラは立っている事がやっとだった。
それでも、目の前の男を見ることを止めなかった。
元に戻れたらと。あの時、彼の研究を止めていたらと。
叶わぬ願いばかりが頭をよぎる。
『魔』を住まわせてしまうほど追い詰められた彼に、どうしてもっと早く気がつけなかったのか、と…。
「心配せんでも平気や」
「…え?」
ふと気がつくと、ナジャが傍に居た。
戦っていた棒を脇に立て、諦めたような微妙な表情を浮かべている。
「斬魔士リー・シャオロンは、誰も何も『斬ったり』せぇへん」
「それは…どういう」
「リーが斬るのは『魔』だけや。他はナンも傷つけん」
斬魔士とは、『魔』を『斬る』―――即ち『天へ還す』職業のはず。
それを『斬る』事はせずに『魔だけを斬る』というのは、一体どういう事だろう。
「リーの呪符魔術、遙か東方の秘術。あれが生命を救ってくれる…あんたの『祈り』『願い』を力にしてな」
ふわりと裾が広がって、リー・シャオロンの瞳が開く。
彼女の目の前に居た男、そしてナジャが戦っていた二体の影。
それら全てが彼女の起こす嵐に巻き込まれ、その風に踊らされる。
「……せやから、オレは甘い言うてんねや」
その強大な秘法で、純粋に『魔』だけを斬るという。
なればこそ、『魔』に囚われた命はその元の姿となって戻ってくる。
「あぁ…!」
やがて、リー・シャオロンの巻き起こした嵐が止むとき。
そこには、元通りとなった男と、犬と熊。
『魔』から解き放たれた命が、元の姿でそこに居た。
「しっかりしなさい。貴女はもう二度と、彼らを『魔』にしてはいけないのよ」
元通りとなった家族へ駆け寄ったとき、サラの耳元でリー・シャオロンの声が聞こえたような気がした。
けれど顔を上げても、振り返っても、周囲の何処にも……彼ら二人の姿は無かった。
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うーんと伸びをして、獣人の少年はおかしそうに絶世の美女を振り返った。
先ほどまでいた町はもう遙か彼方の後方だ。
今日はこのまま、更に西の町に向かわねばならない。
件の美女は長い髪を風に揺らしながら、相変わらずすれ違う男性の視線を独り占めしている。
彼女はそんな状況に慣れているのか、色目を使った視線を送られても、気にも留めずに歩を進めていた。
「良かったやん」
「何がかしら?」
「蔦」
「……あぁ、あれね。貴方、分かってて助けに来なかったでしょう」
女性に取り付き、その血を吸い尽くすまで離れないという蔦。
リー・シャオロンはそれをいとも簡単に破り去り、けろりとそのまま『術』を行使した。
「貴方の役目は、私の補佐でしょうに。職務怠慢だわ」
「オレはな、アンタが自分でなんとかできるのわかっとんのに、自分の楽しみ放って助けに行くほどお人よし違いますー」
「もし吸われていたらどうするつもりだったの!」
「は?!アンタが?あの蔦に血ぃ吸われる?!ンな事あるかい!アンタ、いつから女になったんや!」
盛大に驚いて見せて、ナジャは次の瞬間には大笑いをしている。
「失礼ねぇ…ではこの私の何処が、女に見えないと言うのかしら?」
「アンタの場合、女にしか見えへんトコが問題やって」
笑い転げながら言うナジャに、リー・シャオロンは少しだけ眉を顰めて。
その細く形のよい指でナジャの頭を叩いて、腰に手を当てた。
「まったくもう…いつまで経っても反抗期ね、貴方は」
絶世の美女斬魔士と、獣人の旅。
人の、動物の、ありとあらゆる『生命』を、『魔』から護るために。あるべき姿に戻すために。
それは世間一般で言う『斬魔士』のそれとは違うけれど、それでも、二人は歩き続けるのだ。
二人の旅は、まだまだ続く。
Fin
一気に書き上げたので後日加筆修正するかも?(^^;)
あとがき懺悔はコチラ。
2005.08.09.Tue
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