斬魔士
少女は迫り来る三体の影を見つめながら、がくがくと震えだした。
「研究を、していたの…人間の、長寿の研究を…それで」
「それで、その産物がアレかいな」
「違う!違う!レドは…レドは、あの子達を研究材料だ何て思ってなかった!でも、実験が失敗して、それで…!」
がさがさと、草木を踏み分けているのだろうか。
黒い大きな影が、着々と三人の下へと近づいてきている。
リー・シャオロンはそれきり泣き崩れた少女を抱きしめ、悔しそうに目を閉じた。
「いつの間にか『魔』に取り付かれた魂は、『家族』をも引き入れようとしたのね…」
長寿への飽くなき探求の失敗、そこから産まれた『魔』の心。
『魔』となってしまった『ヒト』は、そこから更なる『魔』を生み出してしまった。
夢への研究だったそれが、新たな『魔』を生み出す方向へと進んでしまった。
「……ナジャ」
「はいな」
「終わらせるわよ」
少女を抱きしめたまま、リー・シャオロンはナジャを見上げた。
獣人はにやりと笑って、肩に背負っていた棒を手に取り、構えた。
がさりと音を立て咆哮した一匹に、迷うことなく突き進んでいく。
「や、いやぁぁぁ!そのこたちは、悪くない!悪くないの!!やめて!」
叫んで暴れだした少女に、リー・シャオロンが強い瞳で見つめる。
「しっかりしなさい!あの子達はもう、戻れないのよ!」
ナジャが、二体と対峙している。
大きな影はその巨体に似合わず俊敏で、対するナジャに休ませる暇を与えない。
右に飛んで攻め込めば左に避けて攻撃を繰り出す。
左に飛んで攻め込めば右に避けて、ナジャの身体を爪で引き裂こうとその手を振り上げる。
そのどれもがスキのない、通常であれば一撃位は受けていてもおかしくはないものだったが、ナジャは実に楽しそうに、
それらを受け流している。
戦闘民族である獣人のなかでも、『虎』の性質を持つナジャは特にその能力が抜きん出ている。
そしてその才能は極限状態になればなるほど発揮され、人間やそのあたりの『魔』など相手にならないのだ。
きっと彼らは、レドと少女の家族であった動物たちなのだろう。
少女はその判別がつけられるのか、名を呼んでは泣き崩れていた。
「……貴女…っ!」
再度、少女の肩へ手を伸ばしたとき。
リー・シャオロンの身体に植物の蔦が絡みついた。
そして、低く響く声。
「……サラ…」
「レド…!!」
サラと呼ばれた少女は、最後の一体を見上げた。
大きな身体――熊、だろうか―――に似た動物。
その頭頂部に座したように埋まりこんでいる、男性。
顔色は土気色で、酷く悪い。声も低く、喉を鳴らしているだけのような音でしかない。
それでも、少女の名を呼んでいる。
「サラ」
「……い、やぁぁ…っ!」
もう、戻れないのかと。
少女はさらに泣き崩れた。
『魔』となってしまった『命』は、斬魔士によって『斬ら』れるしかない。
そうしなければ、その『命』は永劫の苦しみを強いられてしまうからだ。
「油断、しちゃった、わね」
「……ごめんなさい…っ、ごめんなさい…っ!でも、その蔦は…外からは、解けないんです…っ!」
眉を顰めて苦笑するリー・シャオロンに、サラは泣きながらその身にまとわりつく蔦を掴む。
けれども蔦は益々リー・シャオロンに食い込むばかりで、一向に離れようとしない。
「教えて…サラ。この蔦は、外からは解けないのね?」
「は…い…っ、そのまま女性の血を、血を吸いつくすまで離れないって…っ」
そう言って、サラはナジャを振り返る。
彼は楽しげに二体の影と攻防を繰り返している。
ここで呼んでも、こちらには気がつかないだろう。
「…女性の?」
ふいに、リー・シャオロンが笑った。
サラはどうしてよいのか分からず、目の前に立つ土気色のレドに、なんとか懇願するようにふらふらと歩み寄って行く。
「お止めなさい、サラ。彼にはもう貴女の言葉も届かない」
冷静な、声。
リー・シャオロンは蔦に巻き取られたまま、ゆっくりと身体を起こした。
「『魔』に囚われし哀れな魂よ…今この手で、救って差し上げるわ…!」
ぶちん、と音がして、リー・シャオロンにまとわりついていた蔦が飛び散った。
そしてそのまま、身を翻し、襟元から三枚の白い紙片が表れた。
それを右手に持ち、リー・シャオロンは目の前の男を真っ直ぐに見た。
「祈りなさい、最期のこの時を。輪廻の輪に戻るこの今を」
「や…いや…っ」
「サラ!祈りなさい!彼が大事なら!」
泣き崩れだしたサラに一喝して、リー・シャオロンは右手を突き出して叫んだ。
「千万の神よ…今ここによりて、我に力を…!砕、破!!」
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