斬魔士


裾を翻して、深い森の中を歩み行く。

さくさくと踏みしめる葉の音すら、何かの音楽を奏でるかのような歩き方で前を行くのはリー・シャオロン。

その後ろで長い棒を肩にかけ、のんびりと歩み続くのは獣人であるナジャ。

二人はあやかしの森の奥深く、噂の絶えない館を尋ねようとする二人を止めもせず、畏怖の視線でちらりと見ただけだった。

 

慣れていることだ。

人々はまだ、その強大な力ゆえに『斬魔士』を恐れている。

 

生命あるモノであればいつでもなりうる『魔』を『斬る』…すなわち天へと還す役割も持った彼らは、

人間には尊敬よりも畏怖の思いが強い存在なのだ。

そんな彼らに、ただ純粋な尊敬を持って接してくれる人間は少ない。

たとえそれがその身を助けられた状況だったとしても、だ。

 

「せやからオレは、人間助けんの好きないねん」

 

せっかく助けても、斬魔士であるリー・シャオロンはおろか、獣人であるナジャを恐れて悲鳴を上げられる場合すらある。

昨夜助けた少女も、きっとそれが理由で二人を恐れ、いずこかに身を隠してしまったのだろうとナジャは思っていたのだ。

慣れてはいるが、慣れたからといってそれが不快でなくなるわけではない。

元々獣人は人間に追われてしまった種族でもあるから、その稀有な種族の純血であるナジャは、なおの事そう思うのだ。

人間など、助けなくては構わないだろうと。

 

「…ナジャ、今度同じ言葉を聞いたら承知しないわよ」

「分かってまーす、分かってまぁすー」

「じゃあ、今すべきことも分かるわね?」

「えー?オレがやるん?!」

「当たり前でしょう。貴方のお仕事を忘れたの?」

 

ちろりと睨まれて、ナジャはため息をついてあーあ、と一言嘆いた。

軽く身を翻し、あっという間に森の中に消える。

そしてその直後、数メートル離れた場所から小さな悲鳴があがった。

 

「きゃ…っ!」

「捕ーまえーた♪」

 

ナジャの声と悲鳴が重なり、その次の瞬間にはリー・シャオロンの前に、少女を抱えたナジャの姿が現れた。

リー・シャオロンはその涼しい表情を崩さぬまま、ナジャに抱えられた少女を真っ直ぐに見つめた。

 

「はじめまして、ではないわね。昨夜の貴女が、何故私たちを尾行ていたのかしら?」

「……っ」

 

少女は固く口を結んだまま、リー・シャオロンから目を逸らして俯いた。

そんな少女を見て、ナジャは呆れたようにため息をつく。

これだから人間は、とでも言いたいのだろう。

 

「ねぇ、貴女のレドを助けて差し上げたいの。話して下さらないかしら?」

「な…っ!」

 

何故、と言う顔で少女がリー・シャオロンを見上げた。

そんな少女に優しげな微笑で返して、リー・シャオロンはその長く美しい髪を掻き上げた。

 

「正解ね。何故分かったのか不思議かしら?簡単なことよ」

 

人々が恐れる森の、あやかしの館の近くに、年若い少女が一人で居たこと。

叫べば助かる確率は高かっただろうに、一言も叫ばず、ただ逃げていたこと。

そしていよいよ最期という時に、『レド』と口にして目を瞑ったこと。

 

「それで貴女が『レド』という大切な人とあの館で暮らしていたのではないかと思ったの。違ったかしら?」

 

リー・シャオロンの言葉に、少女はへなへなとその場にへたり込んだ。

そしてそのまま、泣き叫びだした。

 

「お願い…!レドを、殺さないで…っ!あの人は、『魔』じゃないの…っ!」

「魔じゃない?」

「違う…違うの、だって…あんなに、優しかったのに…っ!」

 

少女が言い終わる前に、森の奥から轟音が響いた。

三人が一様にその方向を見ると、館から黒く大きな影が三対、ぞろりと這い出して来ているところだった。

 

「ひゅー、まるで『魔』製造機やねー」

「感心してないの!」

「そんな…レド、皆を…?!」

 

ボロボロと泣き崩れる少女の肩にそっと手を置いて、リー・シャオロンは凛とした声で語りかける。

 

「教えて。貴女のレドは、あそこで何をしていたの?」

 

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