斬魔士


世にはびこる『魔』とは、ありとあらゆる生物の心に巣食う『悪』。

あそれは様々な形を取り、人々の元に恐怖を持ってやってくる。

それを『死』によって『開放』する事で人々と、そしてその『魔』に囚われてしまった命をも救う存在の事だ。

斬魔士、とは、それ故人々からは畏怖と尊敬とを同時に得る事になる。

 

「しかし無駄なモンばっかし釣れよったな。この辺はハズレか」

 

傍に転がるゴロツキ男たちを店の外へと蹴りだしながら、獣人のナジャがウンザリした口調で呟いた。

 

「いいえ、ハズレではないわ。まだ活動をしていないだけよ」

 

ナジャの言葉をはっきりと否定して服の埃を払う美女は、リー・シャオロン。

遙か東方の服を身に纏い、そのたおやかな所作で呆気に取られたまま固まる店の主人に一礼した。

 

「お騒がせてしまって申し訳ありません」

「い、いや、その、あんたら…大したモンだなぁ…!その若さで斬魔士として組んでいるのかい?」

「まぁ、いいえ。ナジャは斬魔士ではありませんわ」

「オレは単なる連れや。斬魔士なんてめんどいモン、誰がなるかいな」

 

むくれたように言うナジャに軽く一睨みしてから、リー・シャオロンはにっこりとした微笑を浮かべて店主を見つめた。

 

「ところでご主人。この辺りは前からこのように物騒でしたの?」

「いや…、ゴロツキはとにかく、森なんて平和だったよ。魔物が出るようになったのはここ数年さ」

「そうそう、森の奥にある屋敷に、変な男が住み着いてからだよな」

 

いつの間にかちらほらと戻り始めていた客の一人が、店主の言葉を続けて言った。

 

「屋敷?」

「そう。全然町にも出てこないんだけどね、噂だと近くを通ると悲鳴が聞こえるとか、とにかくヤな噂ばっかりでさ」

「そう…ですの。それで昨日の彼女も」

 

昨夜、『魔』の気配を感じてこの町に向かっていたとき。

森の中で『魔』に追われている少女を助けたのだ。

その『魔』は仕留めたものの、この近辺にはもっと大きな『魔』の気配がある。

長年『斬魔士』として生きてきたリー・シャオロンの第六感が、そう訴えて止まなかった。

 

「ナジャ」

「はいな」

「そこだわ」

「またかいな。そらオレかてリーの直感は信じとるけど、昨日あんな近くにおってもわからへんかったやんか」

「そう、だからこそ、なのよ。その『気配』を隠すことが出来る程のものという事だわ」

 

なるほど、とナジャはその猫目を一瞬見開いて笑った。

それは紛れも無く、獲物を狙う獣の目。

それに応じて微笑むリー・シャオロンの笑顔も、慈愛に満ちたものではない。

けれど彼女が冷たい微笑を浮かべたのは一瞬で、次の瞬間には、やんわりとした微笑に戻って店主を振り返った。

 

「昨夜私どもがお連れした少女は、どうしていますの?」

「あ、あぁ…それが」

「気がついたら居なかった…ですわね?」

 

言い難そうに言葉を飲み込んだ店主の代わりに、その続きを呟いて苦笑する。

あぁやはりと、なんとなくしていた予感を裏付けられてしまった。

 

「なんでや?なんぞ悪戯でもしよったんか?」

「違うわ、ナジャ。下世話な物言いは先ほどの輩と同等になってしまうわよ」

 

眉を顰めて、歯に衣着せぬ言動を繰り返す少年を諭すように見つめた。

 

「せやけど、おかしいやんか!せっかく助かった身、今更どないしよ言うねん」

「そ、こ」

 

人差し指を立てて、リー・シャオロンは自嘲気味に笑った。

 

「そこに今回の鍵があるのよ…。ナジャ、この町の『魔』を斬らなくては」

 

『魔』を『斬る』という表現は、文字通り斬魔士の任務を表している。

その言葉を合図に、ナジャは獣の目のまま、傍らにあった長い棒を手に取った。

 

 

 

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