斬魔士
ざわつく宿屋に隣接する食堂で、一際異彩を放つ一組があった。
町の人間は元より、宿に止まっている冒険者や旅人までもがその二人組みを横目に見ては、何がしかを囁いている。
「……なんや、落ち着かんなぁ」
そんな視線を流しきることも出来なかったのか、二人組みの一人である少年が、ため息混じりに呟いた。
「メシくらいゆっくり食わせてもらいたいわ」
そう言って、手にしていたフォークを口にくわえたまま、ぶらぶらと所在なさげに頬杖を突いた。
正面に座っていた女性が、眉を顰めてそれを諌める。
「ナジャ、お行儀が悪いわよ」
「そない言うても、こないな状況でメシなんて食えへん」
頬杖を通り越して、顎を机の上に乗せる。
異国訛りのある言葉を話す人物は、ヒトの子ではない。
耳は明らかに『獣』の耳、瞳も金色に輝く猫の目で、その腰には、人外であることを表す決定的な『尾』がついている。
この世界で『獣人(じゅうじん)』と呼ばれる、稀有な存在。
神の使徒と言われながらも、その圧倒的な戦闘能力と好戦的な気質なせいで、何百年も前から人間に追われ、
今ではその姿を見ることすら稀な種族だ。
それだけでも目立つというのに、対する人物もまったく別の意味で異彩を放っていた。
透けるような銀色の長い髪に、深い翠の瞳。そのたおやかな所作に似合う、細く華奢な身体。
その服装は東方の様式なのか、この辺りではまず目にしない珍しいものだった事を差し引いても、
まさに『絶世の美女』という表現が適切な女性。
そんな二人が場末の宿で食事を摂っていれば、必然的に視線を集めてしまうのは仕方が無い。
「いい加減になさい」
机の上に顎を乗せたままぼやく獣人に、美女は眉を顰めたまま、その目の前にある頭をぺしりと叩いた。
「貴方の仕事はぼやくことだったかしら?」
「へぇ、へぇ、分かっとりますー」
「なら結構。いいから早く食事を済ませてしまいなさいな」
「ほんじゃあ、食事の後は酒なんてどうだぁ?」
向かい合って食事をしていた二人組みに、ふいに近寄った集団があった。
二人が顔を上げてみると、その集団はお世辞にも上品とは言いがたい面々だった。
服装は冒険者風だったが、その風貌はどう見ても『ごろつき』といった表現がぴったりな男たち。
「そっちのガキはおねんねで、俺らはねーちゃんと二人きりでもいいんだけどな!」
声を掛けてきた一番の大男がリーダーなのか、その男が目の前に座る女性を舐めるように見た後に下品な笑い声を上げると、
集団の男たちはそれに習って笑い出した。
店を覗いていた人々は、すごすごと視線を逸らして去っていく。
きっと彼らは、この町の厄介者なのだろう。
「あら、この子は子供ではありませんわよ?」
美女が、ふわりと微笑んだ。
その中に氷のような冷たさが在ることを、男たちは気がつかなかったのか…一際大きな声で笑い出した。
「どっちでもいいんだよ、そんなのは!」
「…そう。となるとこの子はどこかへ売り飛ばし、私は情婦に…と言ったことなのかしら」
「ほう、分かってんじゃねぇか、なら話ははやいな」
そう言って、主犯格の男がそのごつい手を美女に伸ばしたとき、だった。
美女の瞳と、獣人の瞳が、一瞬だけ伏せられた。
「だ…っ!!」
次の瞬間には、誰の目にも留まらない速さで、獣人の少年が大男の手首を掴んで捻り上げていた。
関節をギリギリまで返し、抵抗も解きもできないほどの凄まじい力で。
「知っていらして?獣人は総じて怪力、ましてこのナジャは『虎』の一族ですから、素早さも一級ですのよ」
「こ…の、アマ…っ!」
「あらあら、まだ悪態をつく元気がありましたの」
「おい…っ、テメェ、俺にこんな事してタダじゃすまねぇぞ…っ!」
そう言って大男はおい!と叫んで、周囲に居たゴロツキ仲間を一喝した。
あまりの素早さに呆気に取られていた集団は、その声に我に返って一斉にその異彩を放つ二人を囲んだ。
「あんま煽んなやー、めんどうやん」
「ナジャ、愚痴は許さないわよ」
「せやけどなぁ、オレがやるとこの宿、壊れてまうで」
「……それもそうね。仕方がないわ、私がやりましょう」
そう言って、絶世の美女は懐から数枚の紙片を取り出した。
白い紙に、何がしかの文様めいたものが書かれた紙。
それを見て、ゴロツキの集団は一気に顔を青ざめた。
「そ、そりゃあ…まさか、昨日森で子供を助けたっていう、呪符使いの…!」
「あら、ご存知でした?でも――」
慌てふためく男たちの言葉を受けてながら、幅広の袖口を一度だけ閃かせて。
紙片が空中に待った瞬間、男たちは硬直したまま動かなくなった。
全身の筋肉が固まり、言葉すら口にすることが出来ない。
美女はそのままにっこりと微笑んで、言った。
「私、無法者に容赦はしない主義ですから」
固まったままの男に、今度は獣人が蹴りを入れる。
二人を丸く囲んだ男たちは、その一撃で次々とドミノ倒しのように倒れていった。
けれど、どれほど苦痛を感じてもうめき声すら口に出来ない。
「覚えておきなさい、私は斬魔士のリー・シャオロン。この子は獣人のナジャ。次はこんなものでは済みませんわよ」
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