RASYARD Prologue


夜中、レオンはふと何かに呼ばれたような気がして目が覚めた。

日々の肉体鍛錬の疲れもあって、大抵は朝まで目が覚めない自分にしては珍しいその状況。

レオンはのそりと起き上がると、枕元にあった水差しから水を飲もうとした、まさにその瞬間だった。

 

どぉぉぉぉぉぉん!!

 

凄まじい轟音と、続く悲鳴。

レオンの私室の傍ではなさそうだったが、どう考えても城内で上がったらしきその音に、レオンは部屋の外へと駆け出した。

部屋の外では見回りの兵士達が、何事かと慌しくしている。

咄嗟に向かった窓から見えたのは―――ごうごうと燃えさかる炎の柱と、煙が立ち上る神殿。

 

「ルナの…神殿?!」

 

城内の最南端にあるその神殿は、ソラテス王国の守りの『要』、大神官アルファー=ルナの御座所だ。

レオンの目が確かならば、轟音と悲鳴は間違いなくそこから。

最早当たり前の行動となっている『剣を持って駆け』出したレオンは、けれどもその前に立った影に行く手を阻まれてしまった。

 

「どちらへ行かれるのですか、レオン様」

「ウィル…!先、神殿が燃えてるんだよ!だから早く行かなくちゃ…!」

「神殿の火災は存じております。ですが、貴方を行かせるわけには参りません」

「なんで?!いつも言ってたじゃないか、火事のときでも家財を切り崩せば剣士にでも人助けは出来るって!」

「殿下!」

 

ウィルナードをかわしてでも先へ進もうとするレオンに、ウィルナードは強い声色でその敬称を叫んだ。

思わずびくりと身体を震わせたレオンに、ウィルナードはその眼前に膝をついて真っ直ぐにその顔を見つめた。

 

「お願いです、殿下。『時』を見誤らないでください。今はその『時』ではない」

「え…?」

「いいですか、レオン様。確かに貴方はその年齢にしては天才といえるほど優秀な剣士見習いかもしれません。ですが、あくまで『見習い』なのです」

 

真っ直ぐに見つめてくる漆黒の瞳が、レオンの蒼い瞳に写る。

 

「しかしその前に貴方は『王太子』。無闇に捨てていい命ではない事を先ずはお考え下さい」

「で、でも…っ!」

 

ウィルナードは、いつも身分の事など一度も口にした事はなかった。

その豪気で快活で、それでいて広く大きな優しさは、武家の名門の出でありながら貴族らしからぬ言動も手伝っで、国民の人気も高かったのだ。

レオンにも単なる『主従』関係ではなく、その先の一歩進んだ関係であろうとして、またレオンもそれが嬉しかった。

第二王子とはいえ、生まれながらに大国の王族に生まれ、周囲は絶えず傅くその環境がイヤでたまらなかった。

ウィルナードとセイドリック、それにヴェルヌホーン。

彼ら三人が『臣下』としてだけでなく、まるで年の離れた兄弟ででもあるかのように接してくれたから、ラウルと二人、ここまで穏やかに

成長できたのだと思っている。

なのに、今更。

ここへきて、その『立場』を思い知らされるなんて。

レオンは悔しくて涙が出そうだった。

歯を食いしばり、滲む涙をそれでも懸命に堪えて、まっすぐにウィルナードの顔を見返した。

 

「……レオン様、『勇気』と『無謀』は違います。今の貴方は『無謀』なだけだ」

「……っ」

「王太子であり、見習いでもある貴方が前線に出るのは、『無謀』でしかないのですよ」

 

轟音が、また響いた。

バタバタとせわしく動き回る兵士の間から、ヴェルヌホーンが駆け出してきた。

 

「ウィル、ウィルナード!!ここに居たのか…!あぁ、レオン様もご無事で!」

「どしたい、ヴェルヌ」

「どうしたもこうしたも…ラウル様がセイドリックを心配して駆け出したきりなんだ。お前も探してくれ」

「兄上が…!!」

 

蒼白になるレオンに、ヴェルヌホーンはウィルナードに軽く睨みつけられた。

ウィルナードは背後から騎士が呼ぶ声にも片手を挙げて応えて、そのままレオンの頭をやんわりと撫でた。

 

「なぁに、心配なさらなくても兄上は直ぐ見つけてみせますよ。殿下のデビュー戦は、もっと華々しくやりましょうよ」

「そんなの…っ」

 

なんとなく、イヤな予感がしたのだ。

もう、二度と、会えないような。

誰かが、いなくなってしまうような。

ただの火事ではないと、本能が告げていた。

そんなレオンの心情を目の色から察したのか、ウィルナードが苦笑して呟いた。

 

「…まったく、優秀過ぎる生徒も困ったもんだな」

「帰って…くるんでしょう?」

「勿論ですよ。私が信じられませんか?」

「…信じてるよ…でも」

「やれやれ。では、こうしましょうか」

 

胸元にあった、緑色に鈍く光る石を下げたペンダント。

ウィルナードはそれをレオンの首にかけて、微笑んだ。

 

「これって…ガーディス家の家宝なんじゃ…!」

「良くご存知でしたね。そうです、ウチの家宝、癒しの力を持つ霊石です。それをお預けしましょう」

「そんな!それじゃあまるで死にに行くみたいじゃないか…!!」

「人聞きの悪い。お預けする、と言ったでしょう。私が帰ってきたら返してくださいね。約束の、代わりです」

「騎士の正式な盟約ですよ、レオン様。ウィルは騎士としてこの約束は違える事はないでしょう。性格上問題はあっても、騎士としては一流ですから」

「言ってくれるねぇ」

 

軽口を叩きあいながら、ウィルナードは立ち上がって笑った。

 

「じゃ、レオン様はヴェルヌと一緒に居てください。私はちょっとばかり行って来ますから」

「……頼むぞ、ウィルナード・ヴァン=ガーディス」

「ああ」

 

ヴェルヌホーンの言葉に、笑って応えて。

ヴェルヌホーンの言葉に、笑って応えて。

ウィルナードはレオンにもにっこりと笑ってみせてから、轟音響く神殿へと駆け出した。

 

「ウィル…」

 

その背中を見つめて、首に下げられた石を握り締めながら…レオンはなんとも言えない気持ちになった。

行かせて良かったのだろうかと、そればかりが頭の中に浮かんでは消える。

兄のラウルもセイドリックを心配して駆け出したままだと言う。

なのに、自分だけがのうのうと安全なところに居て良いのだろうか…。

 

「レオン様。不毛な考えに囚われるのはお止め下さい」

「ヴェルヌ…」

「心配なのは皆同じです。だからと言って貴方様まで危険の中に身を投じるのは、より混乱を招くだけです」

「そう…だね」

 

どうか無事にと、祈ることしか出来なかった。

兄も、ウィルナードも、セイドリックも、大神官ルナも、騎士たちも皆――。

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