017.月のない夜

屋根のあるところで寝泊りしていると、『月明かり』というものをさほど気にする事もない。

暗くなれば明かりをつければすむことで、街中であれば直ぐに街灯が灯されるし、夜の闇に恐れる事とは無縁だ。

シャムロックのように騎士として生活をしていると、そうはいかないけれど。

要人の警備、そして戦闘。

それらはいつも明るい場所で過ごせるとは限らない。

何もない荒野で野営も珍しい事ではなかったし、実際、こういった訓練もこなさなくれはならないくらいだ。

だから、たまに。

こうして聖都の街中での平穏な夜に、戦うものとしての感覚が鈍るような気さえしてしまうのだ。

現在自分たちが置かれた状況は決していいとは言えない。

けれど、皆はいつも前向きで明るい。

いつまでも過去を引きずろうとしていた自分とは違いすぎるほどに。

だからこそ、そんな仲間が大切だからこそ、自分は絶えず気を張り詰めていようと思った。

何か異変があった時、誰よりも早くそれに気がつけるように。

―――彼女に、危害が及ばないように。

 

「あー、やっぱりここに居た」

 

シャムロックが剣を振るっていた屋上。

小柄な少女がその入り口から、ひょっこりと頭だけを覗かせる。

今夜は月のない夜だったから、細かい表情までは分からなかったけれど。

声色から察するに、多分その顔は微笑を浮かべているのだろう。

 

 

「トリス?」

「うん、あたし。なんだか眠れなくて」

 

毎日毎日、シャムロックが皆が寝静まってから始める自己鍛錬は、トリスだけが知っている。

いつだったか、トリスがやはり眠れない夜に偶然見つかってしまったからとはいえ、

『二人の秘密』という響きにトリスはどことなく嬉しそうだった。

 

「明日、辛くなるよ」

「それはシャムロックだって一緒でしょ?」

「それはそうだけど」

 

手を止めて困ったような顔をしたシャムロックに、トリスはクスクスと笑いながら屋上へと入ってきた。

軽やかな足取りで、邪魔にならない、壁際にしゃがみこむ。

にこにことした顔のまま自分を見るトリスに何もいえなくなって、シャムロックは苦笑して剣を振る動きを再開した。

 

「……飽きないのね」

「まぁ、ね」

「やっぱり、騎士としての日課?」

「それも、あるけど」

 

月明かりがあれば、彼女の顔ももっとはっきり見えるのだろうか。

そう思うと、月を覆い隠している雲が少し憎らしい気もする。

 

「月のない夜は、キライ?」

「え?なんで?」

「前に眠れないと言ったときも、そうだったから」

「嘘ぉ」

「ホントだよ」

「…良く覚えてるのね」

 

子ども扱いされたと思ったのか、トリスがむくれたように頬を膨らませた。

そんな姿がおかしくて、シャムロックがつい、笑い声を漏らしてしまう。

 

「あー!笑うことないでしょー!」

「ごめん…でも、私も月のない夜は好きではないよ」

 

シャムロックは心の中でその続きを言葉にする。

全てが闇に包まれてしまう夜は、ことのほか不安になる。

闇に紛れて、何かが君をさらってしまいそうで。

 

「…うん、なんかこういう夜ってさ、暗闇に取り込まれちゃいそうよね」

「……そうだね」

 

いつも明るい彼女も、流石に今の状況を憂いているのだろうか。

月も星もない空を見上げて…そして、再びシャムロックに向かってにっこりと笑った。

 

「でも、仮にあたしが溶け込んでも…シャムロックは見つけてくれるでしょ?」

「あぁ…勿論」

 

しっかりと、誓うように答えて。

手にしていた剣を鞘に収めて、シャムロックも微笑った。

月のない夜も、なんとなく不安な夜も、そう思えばなんてことはない。

 

「だから、あたしも絶対…シャムロックの事見つけるからね」

Fin

不安な気持ちも吹き飛ぶ甘さ?(笑)
2005.08.29

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