015.オルゴール
古めかしい小さな箱を開けると、優しいメロディが流れ出す。
昔母が大切にしていたものだと言いながら、シャムロックは懐かしそうに目を細めた。
「優しい音色ね」
トリスは軽く目を閉じながら、その音色に耳を傾ける。
昔、自分と出会う前。きっと彼が幼い頃から聞いていたのだろう音色が、心地よく浸透してくる。
「…君に、と思って」
「……え?」
呟くように言われた言葉に、トリスは思わずオルゴールを取り落としそうになった。
思い出の品と言うから、よほど大切なものなのだろうと思っていた。
聞けばシャムロックの母親の実家に、密かに受け継がれてきたものらしい。
それを、自分にくれるというのだ。
―――とんでもない。
「そんな、もらえないよ。だってお母様が大切にしてたものなんでしょ?」
「そうだね」
「だったら、シャムロックが大事に持ってなきゃ」
そう言って、オルゴールを返そうと手を伸ばす。
トリスの手にすらすっぽりと入ってしまいそうなほど小さな箱は、けれどそのまま、彼女の手の中へと戻される。
騎士の大きな手が、トリスの掌ごと、オルゴールを包み込んだ。
「だからこそ、トリスに持っていて欲しいんだ。―――大切なもの、だから」
「でも」
大切なものを預かることに抵抗を覚えて、トリスはなかなか素直に頷けない。
そんなトリスを見て、シャムロックは困ったように笑った。
「……わかって、もらえないかな?」
包むこむ手に、少しだけ力を入れて。
困ったように笑う頬が、少しだけ朱に染まった。
「大切なものだから、君に贈りたい」
母の実家から伝えられたものだから、と。
シャムロックは囁くような声でそう言って、微笑んだ。
彼の言わんとすることに気がついて、トリスは一気に赤面して、なんとも気恥ずかしくてたまらなくなった。
緩やかな手の抱擁を解いて、トリスはもう一度、その小さな箱を開く。
途端に優しい音色が流れ出して、どこか優しい気分になってくる。
シャムロックの母親の、そのまた母親の、何代も時を同じくしたであろうオルゴール。
「…あたし、聞きすぎて壊しちゃうかもしれないわよ」
「それでも構わないよ」
「機嫌が悪いとき、投げてヤツ当たるかも」
「トリスはそんな事はしないと思うけど」
「わかんないわよ?…シャムロックと喧嘩したら、腹立ちついでに壊しちゃうかも」
トリスの言葉に、シャムロックが耐え切れずにクスクスと噴出した。
「あー!笑わないでよっ!本気なんだからっ!」
「ごめん」
「もう、言ってる傍からなんだから…本当に知らないわよ?」
「うーん、困ったな」
クスクスと笑いながら、それでも真っ直ぐにトリスを見つめてくる。
こういうとき、ありすぎる身長差がちょっとだけ悔しい。
上からそんな優しい目で見下ろされたら、何もいえなくなってしまうから。
そんな、何も言えず黙り込んだトリスに向かって、シャムロックが苦笑しながら言葉を続けた。
「じゃあ、トリスを怒らせないようにしないと…でも」
シャムロックの大切にしていたものを、いくらトリスでも本気で壊すことなんて有り得ない。
それはお互いに分かっていることだ。
だからこそ、真摯な瞳でトリスを真っ直ぐに見つめて、言った。
「私には、オルゴールより…トリスが大切だから」
なんて、不意打ちの言葉。
これだから、なまじ色恋沙汰に疎い人というのは始末に終えないのだ。
天然で、不意打ちが多くて、心臓に悪いから。
Fin
ともすれば求婚とも取られそうな天然シャムロックなのでした(笑)
2005.08.09
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||