010.抱き締めたい
戦闘中、振り返ると彼女が居る。
真っ直ぐに敵を見据え、その華奢な身体からは想像もつかないような召喚術を易々と繰り出す。
今となっては自分は『壁』にしかなれない。
先陣を切って敵中に飛び込み、彼女達召喚士の活路を切り開く。
それが自分の務めであり、それを煩わしいと思ったことはない。
それぞれがそれぞれの役割を果たすこと―――――それが『仲間』というものだ。
―――だけれど。
戦闘が終われば、やはりそこには『華奢な少女』しかいない。
シャムロックが剣の血のりを払っている最中、トリスがなにやらアメルに言い寄られているのが視界に入った。
「もう!無茶しないでくださいって言ったじゃないですか!」
「ごめんごめん。でもさ、あそこであたしが踏んばらなきゃダメかなって思ったのよ」
「それで怪我してたら意味ないじゃないですか!」
そう言ってアメルが癒しの祈りを捧げると、トリスの身体がふわりと温かい光に包まれた。
どうやら、彼女は戦闘の最後に何らかのケガを負ってしまったらしい。
それをアメルに見咎められて、叱られていたという事のようだ。
―――怪我、を負ったのか…。
そう思うと、心の奥で何かがずしりと重くのしかかってくる。
今は皆で打倒メルギドスを掲げて戦っている。
ケガなどいちいち気にしている場合ではないのも、分かっている。
実際敵陣に飛び込む自分やフォルテは生傷が絶えないけれど、それはでも、『騎士』や『剣士』であれば仕方のないことだ。
その理論は程度の差こそあれ、後衛とはいえトリス達にも当たり前の条件になる。
ケガを恐れて戦うことなど出来ない。
でも、どうしても、思ってしまう。
―――彼女に、傷など負わせたくないのに、と。
「シャムロック?」
じっと立ち尽くしたままのシャムロックに、癒しの光を受けてケガを完治させたらしきトリスが顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
覗き込んでくる顔は、いつもと変わらない。
戦闘を離れれば、こんなにも華奢な少女なのに―――。
「……ほえ?」
トリスの声にはっと気がつくと、シャムロックはその目の前にあった華奢な身体を抱きしめていた。
こんな細い身体で戦っているのかと思うと、たまらなくなって―――手を、伸ばしていた。
「ご、ごめん!」
トリスの言葉に我に返って、現在の状況を反芻した。
今は戦闘の直後で、周りには当然、皆が居るわけで。
シャムロックは瞬時に顔を真っ赤にして、慌ててその腕の中からトリスを解放した。
当のトリスも、仄かに頬を赤らめてはいるものの、何が起こったのかわかりかねているようだ。
「ご、ごめん、ほんとに、その…っ」
なんと言っていいのか分からなくて、何か言ったら余計なことまで言ってしまいそうで、シャムロックはわたわたと両手を振るばかり。
周囲からはやれやれといわんばかりのため息と、どことなくからかいを含んだ笑い声とが入り乱れて、焦りが余計に増していく。
「………びっくりした」
トリスはそう言って、ふわりと笑う。
咎めるどころか、どこか嬉しそうな微笑で。
『男が抱きしめたいと思ったとき抱きしめられる女は、それを最高の幸せに感じるモンだぜ』
後日フォルテからそう言われたシャムロックが、その状況を思い出してまた赤面したとか、しないとか。
fin
多分、皆はもうある意味慣れっこになっているんじゃ…?(笑)
2005.07.25
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