009.手紙

目の前には、真っ白な便箋。

数時間前に用意したそれだけれど、未だに宛名しか書くことが出来ない。

一体どのように書き出していいものやら皆目見当が付かないのだ。

 

―――どうしたら、いいのだろう…。

 

シャムロックは頭を抱えて机の上に伏せた。

どうしたらいいのか、分からない。

これが剣のことなら、もっといい案も浮かぶだろうけれど。

よりにも寄って自分が一番不得手とする色恋沙汰となると、どうしていいのかさっぱり分からない。

一瞬、フォルテに聞こうかとも思ったのだけれど、聞いたが最後どんなに大事にされるか分からない。

貰った手紙への返事。

たかだかそれだけの事なのに、どうしてそれが簡単に書けないのか。

それはその内容が内容だから、である。

 

数日前の事、町を歩いていたら急に誰かに呼び止められた。

それはいつも剣を覗きに行く武器屋の店の少女で、何か掘り出し物でも入ったのかと思ったのだけれど。

呼び止められて、そのまま何も言わずに手紙を一通、手渡されたのだ。

彼女は俯いたまま両手を真っ直ぐに伸ばして、シャムロックが手紙をとるのを待っているらしい。

それが何を意味するのかは分からなかったけれど、とりあえずその手紙を受け取ると、少女はぺこりと一礼してあっという間に走り去ってしまった。

色恋沙汰に疎いシャムロック以外の誰かがそれを見ていたなら、それが『ラブレター』であろう事は簡単に想像ができる。

けれども幸か不幸か仲間の誰にも見られなかったシャムロックは、部屋に戻ってその手紙を読み、奈落の悩みの淵へと落ちたのである。

 

取り合えず、返事はしなくては。

そう思ったシャムロックは便箋を取り出してはみたものの、どうにもこうにもなんと書いていいのかが分からない。

女性の事は女性に聞いた方がいいのだろうけれど、こればかりはトリスに聞くわけにもいかない。

いかにそういった事に疎いとはいえ、そのくらいの良識はあった。

 

ごめんなさい。

伝えたいのは、伝えなければならないのはそれだ。

気持ちは嬉しいけれど。

そう書き添えたほうがいいだろう。

でも、それだけではあまりに簡単で申し訳ない気もする。

かと言ってあまりつらつらと書き連ねるほどのものでもない。

気を持たせるわけにもいかないのだ。

 

「……難しいなぁ」

「そう?簡単じゃない」

 

ふいに背後から声がしたので、思わずびくりと身体をこわばらせてしまった。

背後を取られた迂闊さに一瞬自己嫌悪に浸ったけれど、それも仕方がないと直ぐに思い直した。

気配の主は、自分の『大切な女性』であったから。

ほっとしたのもつかの間、しかし今この状況で、トリスに話しかけられる事は非常にまずい。

 

「え…と、トリス?」

「うん、なぁに?」

「…読んだの、かい?」

「読んでないわよ」

「じゃあ、どうして?」

「シャムロック、考えてるこ全部口に出してるんだもん」

「あ、そう…なんだ」

 

昔から良く、フォルテにも隠し事が出来ない性格だとは言われていたけれど。

まさか考えていたことを全部口に出してしまっていたとは。

 

「こーゆーのはね、変に気を持たせないためにもはっきり断るのが一番なのよ。…尤も、気を持たせたいなら別だけど?」

「そんな!そんな事ないよ!」

 

途端に慌てふためいて否定するシャムロックに、トリスは堪えきれずクスクスと笑った。

その様子を見て、シャムロックは意外そうに目を丸くした。

 

「…トリスは…不快では、ないの?」

「そうね、不快じゃないといったら嘘になるかな」

「じゃあ、何故…」

「うーん…そうねぇ、シャムロックだから…かなぁ」

 

嘘のつけない、二股なんて器用なことも出来ない、真っ直ぐで優しいひとだから。

不快な気分そのままに当たったりしたら、なんだかいじめている気分になってしまうのだと言う。

 

「だから、ね」

 

何も書いていない便箋をもう一枚出して、トリスは微笑う。

 

「その子に返事を書いたら、私にも手紙書いてね」

 

ありのままの気持ちを、ありのままの文章で。

それはきっと、武器屋の少女に書く手紙よりも簡単で、長くて甘いものになるだろう確信があった。

おわり。

断りの手紙にも余すところ無く『いい人』であろうシャムロック…。
2005.07.23

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送