007.熱

ぞくりとした寒気。鈍く重く痛む頭。

辛いのにどこか諦めの感が大きいのは、やがり心の中で『あぁやっぱりなぁ』と思えるからだろうか。

昨日、トリスとミニスとユエルとの三人で湿原へこっそり遊びに行った。

肌寒い天気だったのに、三人が三人とも水浴びをしたみたいにびしょ濡れになるほど遊んだ。

だから、ここ―――ギブソンとミモザの館に帰ってきたときには、アメルにこっぴどくお叱りを受けた位だ。

だから、なのか。それとも疲れていたのだろうか。

予兆は昨夜からあったものの、今朝はもう、起き上がることすら億劫なほど頭が重い。

きっと、熱が高いのだろう。

 

「もう、ちゃんと寝ててくださいね?」

「うん、わかったー」

 

同質のアメルの、少し怒ったような口調に塩らしく返答をする。

彼女はトリスがベッドに横たわったまま大人しくしているのを見届けると、ドアを開けて部屋を出て行った。

大人しくしているのは、身体が辛いのも勿論だけれど――非が自分にあるのが、分かっているから。

はしゃぎすぎたのは分かっているのだ。子供みたいに、水を掛け合ったなんて。

 

「ネスには開口一番、『君はバカか?!』って言われちゃったしなぁ…」

 

ユエルはさすが召還獣というかなんというか、トリスのように寝込んだりせず、ぴんぴんしているらしい。

ミニスは、育ちが良いのが幸いしたのだろう。

帰宅して直ぐに着替えたらしく、今朝は風邪の初期症状こそあったが、アメルの癒しの光で直ぐに良くなったらしい。

やっぱりあたしだけまだまだ子供ってことなのかな、と。

なんとなく悲しい思考回路に陥りかけたとき、ドアが数回、ノックされた。

もう起き上がるのも億劫だったので、トリスは横になったまま、はぁい、と返答する。

ゆっくり開かれたドアから覗いてきた顔は、フォルテとケイナ、それにシャムロック。

彼らの顔を見ただけで、どんな経緯を経てここへやってきたのか直ぐに分かった。

フォルテに引っ張ってこられたシャムロックと、病人相手にフォルテが騒がしくしやしないかと心配になったケイナ。

そんなところだろう。

 

「どう?調子は」

「んー…まぁまぁかな」

 

全然まったくまぁまぁなんて事はないのだけれど、あまり辛いというのも憚られる。

だって、こうなったのは自業自得だから。

 

「いっつも元気爆裂に飛び回ってるトリスも、やっぱり人間ってことだよなぁ」

「ひっどいなぁ」

「アンタは絶対風邪なんてひかないから安心しなさいよ」

「なんで」

「バカは風邪を引かないって、言うでしょ」

 

フォルテの言葉も、ケイナの突っ込みも。

自分を気遣ってのことだと思うと、なんだかとてもくすぐったかった。

そんな二人のやり取りに笑っていると、その先から、シャムロックが真剣な目でトリスを見つめているのに気がついた。

 

「シャムロック?」

「……ごめん」

「へ?」

 

いきなり謝られて、トリスは思わずハイトーンの声を上げてしまった。

 

「何も、できなくて」

 

続く言葉は、なんとも言えない悲痛なもので。

ケイナとフォルテの夫婦漫才も止めたその言動に、トリスは思わず問い直した。

 

「何も、できないって…どういう事?」

「君が、苦しんでいるのに」

「……ふぇ?」

 

しばしの、沈黙。

そしてそれを破ったのは、フォルテの笑い声だった。

 

「ちょっと、フォルテッ」

「いっや、すまん。あんまりにもシャムロックが面白れぇもんだから」

「…お、面白いってそんな!私は真剣に…」

 

一気に真っ赤になって狼狽する騎士に、ケイナも苦笑しながらトリスを見返した。

 

「何も出来ていないかどうかは、トリスが一番良くわかってるんじゃない?」

「おう、邪魔者は退散しねーとなー。んじゃな、トリス」

「ちょ…っ、待ってくださいっ」

 

シャムロックが制止するより早く、二人はトリスの部屋を後にする。

残されたシャムロックは、なんとも居心地が悪そうにしている。

 

「…これ、自業自得なんだよ?」

「でも、昨日私もずぶぬれだった君を見ていたのに」

「だからぁ、それもあたしの自己責任だってばぁ」

「……でも」

「シャムロックー?」

 

少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませて、トリスが目の前に立ち尽くすシャムロックを見上げた。

 

「過保護すぎるのは子供扱いと一緒だよ?…そりゃ、まだ子供かもしれないけどさ」

「子ども扱いなんて…そんな風に思ったことはないよ。ただ」

「ただ?」

「……代わって上げられたら、と。君の苦しみを、すべて」

 

トリスは一度盛大なため息をついて思う。

この人はこれで天然なんだろうか。いや、きっとそうなのだろう。

時々、真面目で硬いことしか言わない口から、さらりととんでもない事を言ってくれる。熱が上がりそうだ。

でも、こういう時は堂々と甘えられる気がしたから、トリスは静かに右手を差し出した。

 

「じゃぁ、傍に居て」

 

差し出された右手を優しく握って、シャムロックが照れたように笑った。

私の顔が赤いのは、熱のせいだけじゃない。

だって、彼の顔も同じ位赤いんだもの。

そう思いながら、目を閉じた。

右手から伝わってくる温もりに、全てを委ねて。

おわり。

『互いに熱を上げている』二人なのでーす。(笑)
2005.07.14

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