002.花束
「結局花束を贈って来る男って、気障で遊び慣れているだけなのよね」
「……へ?」
「トリスも気をつけなさい、そういう性悪男にはね」
ケイナが、不機嫌オーラ丸出しでそう言ってきたある昼下がり。
ギブソン邸の居間でお菓子をつまんでいたトリスは何がなにやら分からないままに、あぁ、うん、と曖昧な相槌を打つしかなかったのだけれど。
そう言えばケイナの部屋に、今朝からキレイな花が活けてあったなぁと思い出した。
そして、フォルテの姿が今朝から見えないことも。
「あー…でもさ。きっと花を贈ってくれるってコトは、それだけ何か想ってくれてるってことじゃないの?」
「……トリス」
「は、はい」
「女性がそんなだから、世の男どもが調子に乗るのよっ!」
一連の言動から察するに、きっとフォルテが遊んでいるところでも見咎めて、彼からそのお詫びにと花束を贈られたのだろう。
しかしその舌の根も乾かぬうちに、また歓楽街に繰り出したのを見た…といったところだろうか。
こういう時のケイナの言動に逆らうと、いつまでも説教と言う名の愚痴が続いてしまうから、トリスは苦笑いを浮かべて相槌を打った。
「う、うん。そうだね。花束を贈ってくる男には気をつけるよ」
「そうよ!大体、遊び人でもなきゃ女性に花を贈る、なんて思いつきゃしないんだから!」
怒りマークを三つくらい浮かべていたケイナの怒りは収まることを知らず、トリスはそのまま夕飯の時間まで彼女の説教に
つき合わされたのだったが、その怒りも夜には収まって、夕食は和やかな雰囲気で終わった。
フォルテの顔には多少殴られた跡があったようにも思われたが、皆懸命にもそれには一切触れなかった。
ただ、そのほかにも一人。
いつも口数が多い方ではないけれど、その何時にも増して口数が少なかった一人を、トリスは見逃さなかった。
「シャムロックー、入ってもいい?」
夕飯の後、ノックをしたのはその何時にも増して口数が少なかった人の部屋。
なにやらガタゴトと音をさせてから、慌てた様子で部屋の主がドアを開けた。
…その開け方たるや、『何かを隠しています』と言っているも同然の、部屋を隠しつつドアを開いて、
そのまま中を背中に隠してドアを締めてしまうという、いかにもな開け方で。
おまけにその主も主で、慌てている以外のなにものでもないという顔だった。
「…あのさ」
「な、なに?」
「シャムロックって、ほんっとに嘘つけないね」
ため息混じりに呟いて、トリスは目の前の長身を一度見上げてから、ふいと視線を外した。
「何かあったのかなって思ったけど、聞かれたくないみたいだから良いや」
「そういう…わけでは、ないのだけれど…」
「いいよ、言いたくないことは聞かない。プライバシーの侵害だもん。元気ないわけじゃないのよね?」
なんとなく面白くないのは、きっと子供じみた嫉妬なのだと分かっていたから。
トリスはそれ以上聞こうとせずに苦笑した。
「何かあって元気がないわけじゃないならいいの。遅くにごめんね」
「……トリス!」
そう言って背を向けようとした瞬間、強く名前を呼ばれてどきりとした。
「あの…ごめん。別に言いたくないわけではなくて…言いにくくて」
「言いにくい?」
そう言って困ったように笑うシャムロックの背後、開かれたドア。
剣や鎧が鎮座する中で、一際異彩を放つもの。
それは小さな花瓶に無造作に飾られた、ピンクの花の束だった。
「店先に並んでいるのを見て、つい買ってしまったのだけれど…その、居間で君たちが話しているのを聞いてしまって」
「……花束を買う男は信用ならないって?」
「……うん。それで、渡しにくくなってしまって」
「それで、仕方がないから自分の部屋に飾ったの?」
「花に、罪はないし…」
そう言いながら、彼の顔はどんどん紅く染まっていく。
理由を言うだけでこんな顔をしているのに、どんな風に花を買ったのだろうかと思うと可笑しくなってしまう。
「で、シャムロックはそれを誰に渡そうとしたのかな?」
「……意地悪だな」
トリスはクスクスと笑いながら、目の前で赤面するシャムロックを見上げた。
「あれはケイナの屈折した愛情表現なの!女の子は、好きな人からの花束は嬉しくないわけないんだから」
「そうなの…かな」
「そうなの!少なくともあたしはそうだよ?」
「…そう、か」
そう言って、シャムロックが微笑う。
戦いの合間の、緩やかな時間。
その日から数日の間、トリスの部屋の窓辺にピンクの花が飾られていた。
fin
む、無駄に長い…。(^^;)
2005.07.01
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